他人事ではなかった・・
「両親・姉殺害事件」「鉄アレイ両親殺害事件」「小6少女殺害事件」・・・このごろの恐ろしい事件は、どうも家族がおかしくなっているのではないか?と思わせるものばかり。
ずーっと遡れば酒鬼薔薇事件があった。(97年)
少年Aとして週刊誌などでさんざん騒がれた。そして今年、成人を過ぎた「少年A」は社会復帰したという。
本書では、この事件の深層を流れる心の闇に鋭く迫る。
究極は、「自分という存在を受け止めてもらえなかった絶望」の淵に少年Aを追いやってしまった親の責任にいきつく。母親の手記からは、母親が母親ではなく支配者として存在していたことがあぶりだされている。
「人の気持ちを決して聴こうとせず、人を切り捨てて生きてきた
母親の業とでもいわざるを得ません。」
と、事件後も支配者としてしか存在しえなかった親の有り様を分析する。
あの猟奇的な事件のあまりの無残さに「少年Aの特殊性」とか「特別な環境」とか・・・社会全体が「特殊性にその原因」を帰着させようとしてきた。
しかし、この事件の深層を流れていた真実は、実は僕らのすぐそばにもあったのだ。
まさか家の子は・・・と僕自身も思うけれど、どんなことがあっても受け止めてあげられる「親」たれるかを問われている気がした。
渾身の力が込められた中尾さんの分析と考察に、深い共感と覚えた。
「加害者の親になったかもしれない私」という著者が、最後にまとめているアドバイスは、とても心にしみるものがある。
見守るが、干渉しない。
見放さずに見守る。
自然という社会的安全装置の必要性
地域という社会的安全装置の必要性
どれも、まさにどの通りだと僕も思う。
他人事ではないものとして、考えてみたい。
★★★★★+深層
・世の中を正常化したい方
・地域の活動がすきな方
・親のあり方を考えたい方